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ぐみごよみ

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思ったことなどつれづれに・・・図書館戦争 検閲のようなもののある世界

検閲のようなもの


ビミョウな表現ですが、
現在そのビミョウな状況の上に成り立った社会だと思っています。


今取り上げている
図書館戦争シリーズは
1~3の内容がアニメ化され
2008年に放送されています。

アニメと原作比べてみると
あきらかなアニメ製作者の意図がそこに存在しています。

突発性難聴で聴覚障害者となってしまった
小牧教官が大切に思っている中澤毬江ちゃんに関する話が
完全に飛ばされています。
著者の有川浩さんも文庫のあとがきで書かれていましたが、
毬江ちゃんの話は、TV放送ではできなといと言われ、
DVDの方に入れることになったのだとか。

あと、「床屋」の話にしても
おそらく放送コードの関連ではずされたのでしょう。


検閲
じゃない

けど

検閲
のようなもの


丁度今公開になっている映画「図書館戦争 革命のつばさ」
の元になっているシリーズ4作目『図書館革命』で
当麻先生が作品中で語っている

メディア良化法成立前に既に
業界に存在していた
自主規制。

今の状況は
その辺なのだろうと私なりに解釈しています。



人権を守るために
言葉を禁止する。

当然のように思えてでもおかしな話です。


『図書館戦争 別冊Ⅰ』で出てくる
木島ジンという人の言い分は
本質のところをついていると思います。
検閲にかからない言葉だけで
人を差別・侮蔑するというその手法は決して
好きにはなれませんが・・・。

それでも、
言葉自体をいくら禁止にしたところで、
差別自体は決してなくならない。

差別する気持ちさえあれば、
いくらでもありふれた言葉で
差別し侮蔑することは十分できるのです。


問題は言葉でなく
人の心。




うちの子たちが保育園に行っている頃、
保育園で日本の昔話を読み聞かせしてくれることが
ほとんどありませんでした。

こぶとりじいさん
いっすんぼうし  ・・・etc

ある特定の人を差別する可能性を含んでいる
本だからあえて読み聞かせすることなく、

みんなともだち
みんな仲間
みんないっしょ
といった意味合いの本を取捨選択しているのでしょう。

オニさんだっていいオニさんがいるんだよぉ!

と今の子ども達は口をそろえていいます。

悪いことをすればオニに食べられてしまうのでなく、
オニもいいところがあって
ともだちになれると教えているのです。

ほんとにそれでいいのか???と
その頃よく思ったものです。


ちょっと脱線してしまいました。(^^;




今の報道番組を見ていると
よく思います。
報道の自由と声高らかに主張していたTVというメディア媒体は、
報道しない自由を今主張し、
国民に必要な情報に関しても自主規制をしているように感じます。


図書館戦争のなかで一番の核になっている
メディア良化法は
国民の無関心をいいことに
国民の知らない間に通過し、施行されました。


検閲のようなものがある世界から
検閲のある世界にならないように、
一人ひとりが
隠されているものを
ちゃんと見ようとする目を持ち続け
言葉じりでなく
何が大切なのかを
一人ひとりが
考えていないと

図書館戦争の世界が
フィクションでなくなってしまう危険が
あると思えてなりません。


なんだか難しい話になってしまいました。ね。



明日はもう少しかる~く
ちょっとはずかし~い
おはなしを(^^)
by pen-p | 2012-07-20 10:58 | Comments(0)